• 2007/11/16(金) 01:10:51

ちょっと毒ね^^; ちょっとか?


胸が悪くなったらごめんなさいっと。


一晩経って改めて見たら???といった内容も書いてあるけど、とりあえず出しときます。

起こった出来事そのものや、事実に対して感じるのではなくて、発信者の相手の顔色を伺う自分。



こりゃ気付かなかったな、盲点。



そら、私の言葉に力なんかあるかいなw



説得力無し、自分。



無力・・・いや害やな。






理論上は気付いていたのだろうけど、実感として自分の中に取り込めていなかったみたいだな。



その手の心理の本をいくら読んでいても、専門家についてもらっていても、所詮は卓上の論理、絵に描いた餅やな。



かなわないんだよ。



元々持ってる人にはかなわないんだよ。



取り戻せるものでもないんだよ。



埋めれるものでもないんだよ。



そもそも、失ったんじゃないんだよ。



元々持っていないんだから、どうしようもないんだよ。



目の前の相手の顔色を伺う事が私の自己表現なんだよ。



その場しのぎが私の生き方なんだよ。



ずっとそうやって、溺れそうな思いをして自分の人生を乗り切って来たんだし、これからもずっとそうやって、あっぷあっぷと乗り切って行くんだよ。



それでもいいじゃないか。




自分のステージに気付けただけいいじゃないか。




甘い夢を見るな。




自分が変われるとか思うな。




今を一生懸命生きていれば、過去を乗り越えられるとか思うな。




誰が築いた訳でもない。




お前の過去、お前の人生や。













あ〜、自分が生まれた事がヘタ打った。




流れたのが、私やったらよかったのにな。




なぜか、私がこの世に出て来てしまった。




多分、いろいろな意味があるのだろうな。




まあ、生まれて来た意味なんて無いのかもしれないけどw




私にTを生ませる為に、私の両親に「やっぱ男がよかったよなあ〜」って実感させる為に、私は生まれたのかな?



「男の子はかわいい」

「男の子は頼もしい」

「男の子は先が楽しみ」

「娘を産んでよかった。余裕のある今になって、男の子を間近で見れて」



オバハン、相変わらず絶好調、コワイモン無しやなw


いや、ウチの母親やねんけどね^^;



本当は、こういう事はブログで書く事ではないんだろうけど・・・


コメント云々なくとも、色々な立場の人が読んでいるから自分の書いた文章で誰をも不快にさせたくないし。


私は、自分の言動で人を不快にさせる事がないように振舞う事に凄く気をつけて生きて来たつもりだし、ブログで虐待やセックスや差別を扱った事もあったけど、出来るだけ自分を下げて表現して来たつもりよ。


出来ていたかどうかはともかくも、相手の居場所を脅かす事のないようにと、細心の注意を払って相手に華を持たせて、自分を抑えて周囲と関わって来たつもり。


それはネットでも、保育園でも、家族でもそう。



それが日和見というか、風見鶏というか、何を考えているかわからないとか、本音が見えないとか・・・・・



そのような事は、今までもずっと・・・古くは小学校の頃の担任に始まって、相手や言葉が変わって、ずっとずっと言われ続けて来た事なのね。



そうかと思えば「好き勝手言いやがって、好き勝手生きやがって」って言われた事もある。結婚前の主人にw



私がどう振舞っても、どう生きても、私を気に入らない人は気に入らない。



なぜなら、私は誰かの為に生きている訳じゃないもの。悪いけどw



何を当然の事を言ってるんだって?




誰かの為に自分が存在しているとか、生きているとか、そのような不自然な事は一切考えてはいないけど・・・



かといって、自分の為に生きているとも思っていない。




ただ心臓が動いているから、細胞が活性化し続けているから、脳が活動しているから・・・



だから、私は生物上において機能的に停止していないだけの事。



それで上等ですか、そうですかw



ちなみに私の脳みそは、ほとんどが目前の相手の機嫌を取る事に使われていますw





世の中には、何も持っていなくても必要とされる、愛される存在がある。



私の子どものようにね。



だけど、私にはそのような事は起こらないんだよね。



なぜなら、生まれた時から既に無理だったんだから。



私じゃダメだったんだよね。



私の両親が欲しかったのは、女じゃなかったんだよね。



宿った時から、もうすでに間違ってたんだよね。



生まれた瞬間、すでに自分の存在を否定されていたんだよね。



そのような私に何が出来る?



生きていく為には、偽るしかないんじゃないのかな?自分を。



生まれた瞬間、見切られた。



用無しだったんだよ。




そんな自分が粋がって結婚して、子ども作って・・・普通になれるって、人生取り返せるって思ったのが間違いだったんだよ。



だから、罰が当たったんだよ。



だから、やっぱりババ引いたろ?



アトピーで、自閉症で、男で・・・・・お似合いだよ、私に。



せいぜい、しっかり育てようや。



将来、殺されないようにねw



なんとかそれまでに天寿を全うできないかな。



今この瞬間召されたら、全ての人に感謝して逝けるんだけどな^^;



いい感じなんだけどなw



でも、多分そのようないいタイミングでは逝かせてもらえないだろうな。



父がそうだったもんな〜。





私は、他者に対して悪意は持ってないつもりなんやけど、敵意はしこたまあるかもねw



自分を認めてくれなかった、不当に扱った他者に対して。



古くは自分の親に対して。





なんかさ、読み流した何かのブログで供養の事が書いてあって、一番の供養は先祖に感謝する事なんだって。


それは先祖だけでなく、悪霊につかれた場合でも同じなんだって。


体を離れた魂は、現世の人間から感謝される事で禊を受けて「上がり」に近くなるらしい。


上のステージ、仏に近づいていくんだって。



反対に、このような魂のステージが下がってしまう言葉が「ごめんなさい」なんだって^^;


特に悪霊は、出現して怖がられる事はあっても、感謝される事はまず無いでしょ。


だから悪霊が怖いからって、どこかに行って欲しいからって、ただただ謝ってしまうと、却って何とか感謝の言葉を引き出したいと願う悪霊が留まってしまうんだって。


はあ〜、なるほどね〜、と思ったわ。



もうひとつ、100回のお祈りよりも1本の線香なんだって。


線香の煙は現世と仏世界を繋ぐ尊い道だとされているから、仏前でお線香をあげる行為が大切だと考えられていたり、不浄を表す口から出る息で線香の煙を消す事がタブーと考えられていたりするのは広く知られている・・・


かといって、心でどんなに立派な事を考えていたとしても、実際に線香のひとつもあげる事のない人は供養をしている事にはならないそうだ。



つまり、ご先祖からの救いも薄いと考えた方がよいと。



な〜るほどねえ・・^^;耳が痛いな〜w



母が、父が死んでからしょっちゅう、父に感謝しているとか言うのね。



週に二日はお墓参りに行って、線香炊いてるみたいだし。


立派やな〜とは思うけど、だったらもっと生きている時にどうにかしてやってたらええのにな〜と、鼻白む気持ちもあったのも事実で。ヒネてるけど^^;



父が死んで感謝するという事は、そもそも無念な死を遂げた父に対して不遜じゃないのかとか。



まあ、いろんな理屈をつけて手は合わせども、まだまだ父が死んだ事に対しての感謝は出来ない私だ。



供養における感謝は、父の死ではなくて父そのものに対しての感謝とはわかっているつもりだが、そもそも父に感謝する行為自体が私にとっては辛い事なんだ。



自分がたまらなく、うそ臭く感じてしまうんだよ。



至らない自分をハッキリ突きつけられるしね^^;



いつまでも、いつまでもジタバタしてるな、自分はw



本当にとことん、私は自分の負けを認めたくないんだよな。



このような往生際の悪い私が、自分の負けを認められる潔い母よりも救われる事があってはいけないと思うから。



だから、この供養の話はスッキリ来るんだな。



本当に本当に、そうあって欲しいと思うから。



父も、遺された母が「自分は正しい」と思って生き抜いていく事が喜びだと思うから。



だから、自分で全〜部呑み込んで逝ったんだと思うから。



家族間トリアージ?

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