2007.10.13 サナギくん
今日はTのプレイセラピーでした。
行きしなにTの手を引いて心斎橋の病院前の歩行者通路を歩いていて、うっかり電柱にTの額をぶつけてしまった^^;狭いし、人通りも多かったしと言い訳・・

すっかり出鼻くじかれ〜?

波乱含みのスタート?などと思っていたら、セラピーの開始時間になっても私から離れようとしないT。顔を見合わせる先生と私。

待合室でグダグダ10分ほど様子を見ていたが、埒が明かないので部屋の前まで私も同行する事に。

ドアの前でもグダグダ・・「じゃあ、お母さんは待合室で待っててもらうね」と先生がドアを閉めたとたん、凄まじい大音響の泣き声がスタート^^;


うぎゃああがっぎゃおええええ〜

ごごっがぼぎゃらぐべええええ〜

おっがあざああん〜、うっぎゃあああ〜

階段を下りて待合室に戻っても、真上の診察室から聞こえて来るんですね〜><。

5分ほどで落ち着いた様子でしたが、こういう時ってこちらも身の置き所が無いですね^^;

Tが通院している病院(診療所)は成人の精神科だけでなく「子どものこころの相談」も併設していて、特に学校が休みだったり半休だったりする土曜日は、同じようにセラピーを待つ子どもさんと保護者で待合室はパンパンです。

Tと同じくらいの年齢のお子さんは午前中に来院される事が多いので、午後二時枠では中学生以上の患者さんがほとんどなんです。私達も午前中がよかったのですが枠に空きが無かったので空き次第、時間帯差し替えという事で申請してもらってます。

幼児は午前中の方がモチベーションが高く、集中しやすい事は知られています。そんな訳で普段の園での生活でも午前中にメインプログラム(工作、リズムなど)が入っていると思います。ただ・・夜型の我が家はこのまま午後枠でもいいかもね〜^^;・・って、入学前には直せよなw

患者さんの中には一対一でしか関わりの難しいお子さんもいらっしゃる様子で、そのような子どもさんにはこのようなプレイセラピーが意義のある時間になっているのだろうと思います。年齢を重ねるごとに家庭以外でも自己表現を肯定される場の確保は必要だと思いますから。

皆さん、子どものパニックは我が子で慣れてらしゃるのか、Tのグダグダにも寛容で・・華麗なスルーが有難かったですw

ホント、こういう時はスルーして下さいね。

間違っても「ボク、どうちたの〜?」なんて甘々しく声をかけたりしないで欲しいんです。こちらから興味を持って近づいたのならともかく、そうではないのに曖昧に距離を詰められると、ただでさえ自分の思うように動きたい自分と、人の期待に応えて認められたい自分との狭間で苦しんで一杯一杯なのに、余計な思惑を受け取っちゃうんです。

余計な思惑とは、本人の葛藤抜きにその場を穏便に収める行為です。

せっかく「何にも感じていませんよ仮面」を外して拙いながらも自分の感情が出せるようになったのに、なんとなく収まりを付けられても困るんです。サナギの羽化時は触らないでしょ?それと同じだと思います。

えらそうにすみません〜><関わってる方も一杯一杯なんです〜。ある意味、居合いに近いと思います(オーバー?)


規定の時間が終了して、しばし待合室にて三人でお話。

「ボク、お母さんにもうちょっとだけ一緒にいて欲しかってん」

「お〜!T君、言えたね〜^^」と先生。

「そうか〜、そうやったんか〜。いや〜、私も本当はもう少し居たかったんですけど、ここでの主導権を握るのは私じゃないし。私どうしても相手の出方を見てしまうというか、自分の思いを通すよりも相手の期待に応える方が楽というか。自分の気持ちを探るよりも相手の思惑を探って、それに添っていく方が身の置き所が落ち着くというか・・。

そうは言っても、やっぱり自分で采配を振ってみたい気持ちもあったりして、自分と相手との色々な感情が交錯して身動き取れなくなっちゃって、それで苦しくなってうお〜!とか叫んでしまったりするんですね。そういう所がTも似てるんだと思います」

「ほう?お母さんはそのようなお気持ちをどのように折り合いをつけてらっしゃるのですか?」

「今はカウンセリングに行ってますからそちらで(ブログとかw ←心の声)」

「そうですか〜^^」

 :
 :
 :

まあ・・私も子どものセラピーでも自分の話してるし・・シアワセ作りは母譲り?ほんっと!気をつけようね、わきまえようね。自分^^;
Secret