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関わる事の難しさ
- 2007/08/31(金) 17:20:52
今日お迎えに行ったら、Tがお友達に怪我をさせてしまったと担任から聞かされてビックリ!
お片づけをきちんとしていなかったTに、お友達が片付けるように強く迫ったらしい。
言葉が達者なその子の物言いにTが耐え切れなくなって、拒絶の意を表現するため思わず投げた本が、その子の目の下に当たって皮がめくれたとか。
あああ。おそれていた事態が・・。
思わず頭が真っ白になりかけて廊下に立ちすくむ私の傍を、何食わぬ顔して通り抜けるTとクラスのお友達。
その中に列から外れて、目を伏せて靴を履く子ども達の姿が目に入った。
その中の一人の子の目元の傷が痛々しい。
Tが怪我をさせたお友達って・・クルマ君だったのね。
が〜ん。
いや、もちろん相手が誰であってもショックなんだけどね。
ただ、今までの彼とTとの経緯から考えて、いつかこんな日が来るような予感はあった。
戸惑う私の様子を目にしたクルマくんは哀しげな様子で私を伺う。
その私の様子をTが伺う。
私・・どうすればいいの?
今までの私だったら、無理やりTの頭を引っつかんで頭を下げさせて相手の子どもさんに謝ってた。
相手に痛い思いをさせてしまったのは事実だから。
どのような状況であっても、相手に手を上げるのはよくない事だと認識しているから。(その割りに今ひとつ自分の行動が伴わないのですが^^;)
物を投げざるを得ないくらい追い詰められていた自分の子どもの気持ちは二の次だった(自宅に帰ってからのフォローはしていたつもりだけど、その場では少なくとも添っていなかったように思う)
私が何も言い出さなかったので、クルマ君は靴を履き終わるとそのまま園庭に出てしまった。
その様子を見て、Tも園庭の別方向へと出てしまった。
担任と私は話をした。
保育中の事なので、彼らと適切な関わりを果たせなかった保育士(園)にすべての責任がある事(割って入るタイミングの見極めの判断ミス)
普段から片付けないTに対して「こうすればもっと上手に片付けられるのに」といったお兄ちゃん心をクルマ君が持っていた事。
「クルマ君の言い方がキツくて嫌だった」というTの気持ち。
それぞれの子どもの気持ちを言葉で引き出して「じゃあお互いにどうすればよかったのか考えてみようか?」といった担任の関わりで、本人同士は取りあえず納得している事、などを聞かされた。
「機会があったらクルマ君のお母さんに一言声をかけてみて下さい。それで大丈夫だと思います^^」と担任のI先生。
そう言ってもらえると、なんだかとても救われた気持ちになれる。
だけど、そこで終わりっぱにはしたくない。
親として、一人の人間として、Tを含む自分以外の相手とどう関わっていくのか?を考えていきたい。
とりあえずクルマ君宅に電話だ。
どきどき、どきどき。
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この記事に対するコメント
NoTitle
こんな時にどうしても親の立場とか大人としての体面を考えてしまうんですよね…。先生の反応とかクルマ君の親御さんに対してのかえるさんの立場とか…。保護者会での役員としてのかえるさん自身の影響とか。
>だけど、そこで終わりっぱにはしたくない。
ものすごく勇気のいる行動だと思います。もちろん電話だけ考えても。
かえるさんが、今後も必ず関わっていくのはT君ですもんね。立派だと思います。
ピースさんへ
そう。体面考えちゃいましたねぇ〜^^;
「親に恥をかかせやがって!」みたいな思考ね(ヤダヤダw)
だけどクルマ君の顔の傷と、私を見た時の表情。また、その様子を見ながらも決して私に近づいて来ないTの姿がクルマ君とTとの間に流れる気持ちの全てを語ってくれた気がして・・。事件から時間経過があったからでしょうか、納得できる話し合いが持たれたからでしょうか、二人共が落ち着いて事態を把握しているように私には思えました。
その瞬間を立ちあっていたなら、私はおそらく手も足も出なかったと思います。乱暴な表現でしょうが、双方偏る事無く裁ける力は今の私には無いと思います。保育士さんにプロの真骨頂を見せて頂いた感じです。
その上で、じゃあ今の自分に出来る事は何かと考えたら、Tとクルマ君のお互いの気持ちを汲む事、クルマ君のお迎えに来た時に彼の傷を見て驚くであろうクルマくんのお母さんの気持ちを汲む事だと考え、電話をしました。
結果的に私の自己満足の域を出ないのでしょうが「無関心じゃないよ」という関わりは、相手によって形は変われども今後も続けていきたいと思っています。
ありがとうございました^^