「今からそんなに呑み込みが悪かったら大きくなってから困るよ」とか「他人は誰も助けてくれないのだから、出来るだけ早いうちに自分の事は自分ひとりで出来るようになりなさい」

〜フラバ注意です〜
色々言われましたが、仰るように小さい頃も大きくなってからも局所局所で困りましたが、最近になって自分の困り感を少しずつですが言葉で説明出来るようになりましたので、困る事が少なくなりました。

確かに生きていれば腹の立つ事もありますが、世の中は色々な人が居ますから自分ととらえ方が違うという事だけでは、そう深刻に考えられなくなりました。

このようなわだかまりを、今までは重たいお土産としてお持ち帰りしてたから、しんどくなってしまったのかもしれません。自分にとって不要な言葉や感情はお土産にしなくてもいい、その場で返して来ればいいと身をもって教えてくれたのがTでした。

私が身につけた長年の習慣はとても頑固で、殻を打ち破るのはなかなかに難しい事なのですが、年を重ねて関わるべき人が増え、社会に揉まれつつ感じた事ですが、あなたの仰ってた自分ひとりで生きていけるような術ほど実社会で表明しては角が立つ感情であり、内に秘めておく類の感情だと実感しております。

実社会で表明しては角が立つ感情や、内に秘めておく類の感情は大人になるに従って、何とたくさんある事でしょう!核家族の一人っ子育ちで、幼稚園入園までの4年間をあなた一人の価値観で純粋培養された私にとって、社会は唖然とする事が多過ぎました。

決して私の抱える生きづらさが、あなた一人によってもたらされた類のものではない事は理解しています。あなたに備わって私に無いものがあるように、私に備わってTに無いものがあるのだと思います。

あなたが占いに興味を示されたのは私にとっても幸運でした。あなたは占いを通して、ようやく自分と他人とは違うという概念を学ばれ、私への執着を断ち切られたのですから。

私がTを産み、素人ながらアレルギーや発達心理学に興味を持たざるを得ない環境に置かれた事にも、何か意味があるのでしょうか。

Tと関わるにつけて、自分の底の浅さと限界を突きつけられる日々を実感しております。あなたはTと関わるまで娘の私に負けていると思った事がないと仰っていましたね。むしろ優秀な自分の娘がこんな程度で理不尽だ、できる事なら娘の能力ではなく、生そのものだけを自分に取り込めたら、再度すばらしい人生が復唱されるのにと思っていたそうですね。

実にあなたらしいお考えです。初めて聞かされた時は、ただ唖然とするばかりで涙も出ませんでしたが、あなたの人生においての主役はあなたであり私ではないのだから、そのような思考もありなのでしょうね。

後年になって、私が自分の生の意義を問うた時のあなたの搾り出すような「お母さんが間違っていた」の一言には重みがありました。あなたはその時その時を一生懸命乗り切られて、あなたの生き方そのものには悪意は無かったと私は思います。例えあなたが誰かの悪意にさらされ身の危険を感じる事があったにせよ、あなた自身には私を貶めようとする類の悪意は無かったと。そこは胸を張って頂きたい。

あなたの全てが間違っていたのではなく、あなたは自分の感情を誰かと分かち合える術を知らなかっただけなのでしょう。もしかすると不必要なのは、このような人を裁きたがる強烈な自己顕示欲を持て余している私の存在そのものなのかもしれませんね。

あなたは私を産むべきではなかった。あなたは全てをそっとしておくべきだった。揺り返し、掘り起こし、恐れていたものが目に入ったのなら蓋をして葬り去り、二度と振り返るべきではなかった。