私の罪

  • 2007/06/25(月) 02:47:44

日曜日の三世代会食の追記です。

ショッピングモールに到着した途端、Tにトイレ〜と言われて直行。

この日のショッピングモールは大変な混雑で、トイレもまた然り。うまい具合に親子で入れる個室(大人用と子供用便器の両方が設置されている、ただし子供用は男児用のアサガオでは無く洋式便座)が開いていたので、自分も済ませてしまおうとTを促したのだが、「ボクは立って出来る方がいいんだよね〜」と、一人男性トイレに行ってしまった(この店には女性トイレにアサガオは設置されていない、その事はTも知っている)

母が「私がTを見ておくよ」と言ってくれたので、私は個室に入った。Tは私より先に出て来た様子だが、どうも手を洗っていなかったらしく「手を洗って来なさい」という母の声が聞こえて来た。その直後に「うわ〜ん」と言う泣き声と「ナンジャ!この子は?」という男性の声が。嫌〜な予感がして、あわてて個室を出て男性トイレを覗き込むと、トイレの床に座り込んで、泣きながら両膝の裏をポリポリかき続けているTの姿と、困惑した表情の年配のおじさんの姿があった。

おじさんは渋い表情で「手を洗うのに蛇口(センサー)に手が届きにくそうだったから手伝ってやったら、急に泣かれてしまった」との事。「お手数をおかけしました」と頭を下げて座り込んでいるTを促して男性トイレを出た。改めて子供用トイレ(もある。到着時はふさがっていた)の前に設置されている高さの低い洗面台で手を洗うように促したのだが、Tはなかなか洗おうとはしない。そうこうしている間にどんどん手を洗いたい親子連れが並んで来たので、私は焦りと苛立ちから語気が強くなる。

「トイレの後は手を洗います!」私の言葉にはじかれたように背筋を正し、唇を噛んでイヤイヤと首を振るT。「ママ、順序が違う。手を洗えという前に、さっきの知らないおじさんに声をかけられてT君ビックリしたねえ」の共感が欲しいのだろう。それはわかっていた。だけど結局その時の私は、Tの困り感に寄り添って応える事が出来なかった。

「手を洗いなさい!!」更に強まる口調にビビって、しゃくりあげながら手を洗うTの姿を遠巻きに見つめる親子連れと母。私はTが手を洗った事を確認すると母を促し、Tを置いてトイレの外に出た。再び泣き声が上がった。母はTの様子が気がかりな様子だったが、私は頑として「Tから歩み寄って来る事」にこだわった。

10秒・・20秒・・・10分以上に感じられたが、実際はこんなものだったのだろう。トイレ前のベンチに座り込み、床の一点を見つめる私の前にTが立った。

我ながらなんて大人気ない行為だろう。私は何にこだわっているのだろう。私の中で自分の段取りがあって、その通りに進んでいなかった事が思いがけずあったのだろう。見知らぬ人が私達親子から受けた当惑を申し訳なく思う。大人気ない私の対応で大事になったと考える母は、やはり困惑した様子の仏頂面だが、口達者な私は後でいくらでも丸め込めるだろう。なにしろ私の機嫌を損ねれば、かわいい孫に会う事は出来なくなるのだから。そう、私はやっぱりひとりなんだ。私の気持ちなぞ、誰にもわかりはしないのだ・・・・・ミラクル・マジカル・エスカレート。

私の中のどこかにTは自分の所有物という気持ちが存在していて、普段はその気持ちは巧妙にセーブされているのだが、予期せぬ出来事で自分の意に添えない行動が発生した場合、どうにも自分をコントロールする事が難しくなって、最終的にTに「お返し」しているようなのだ。

ああ。このような負の感情がまだ私の中に残っていたと認識する行為は、自己嫌悪と同時に半ば諦めの境地に陥る。しかし、ここで蓋をしてはいけないと自分を奮い立たせる。間違いに気付いたならここからやり直せばいいだけだ。私が蓋をしている間もTは考え続け、抱え続け、生き続けているのだから。

「T君、大きな声を出してごめんね」「ボク、ママに大きな声で怒られて嫌やった」「そうだね、嫌だったね」「ボク、ママにやさしくして欲しかった」「ごめんね・・」後はもう言葉にならなかった。

「アンタはよくやってるね」母が私に話しかけた。私が首を振ると「アンタはちゃんとT君の気持ちになって考えてるよ、お母さんはアンタはエライと思うよ」と続けた。

ソンナ事ナイヨ、私ハ 感情ニ任セテTニ ヒドイ事ヲ シタンダヨ。 オ母サンモ 見テタデショ?

母は最後まで私を一言も責めなかった。罪を犯した人間は、誰よりもその事を罪だとわかっているから、なんだろうか。