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今日の日に。
- 2007/06/24(日) 15:31:48
今日は、日曜日恒例の三世代(母・私・T)会食の日だった。
雨が降っているので電車で向かう事にした。
このように、週に一度でもお互いの近況を話せる事は、母にとっては気持ちに張りが出る嬉しい事らしい。同時に私の方も、めまぐるしく移り変わる近況を公に整理するのにも一役買っている。Tを取り巻く環境において身内の理解と協力は、T本人の力強い支えとなるのは違いない。
そのような器ではないと自戒しながらも、世帯は違うものの三世代家族の真ん中に位置する自分が、無理のない範囲で皆の潤滑油のような役割を果たせる事への喜びと、かつてそれらの役目を買ってくれていた亡父への感謝の気持ちとが、複雑に入り混じるのが現在の私の心境だ。
人間、誰しも役目があり、本人を始めとして周囲が気に入ろうと気に入るまいと、どこか逃れ難い宿命にも似た動かし難きものはあるのだと思う。ずいぶん遠回りをしても収まるべき所に収まったという話は、いくばくかの郷愁と共感を持って広く受け入れられるものでもある。
昨日から言葉を重ね過ぎる嫌いがあるが(以前から?)、私の場合は先に脳が納得してからでないと、行動に移し難い性質である事は間違いなさそうである。このような言葉を尽くす行為は、己の道筋を確認する行為であると同時に、周囲のそれをも動かす影響がある事を身を持って理解した。
きれいごとではあるが、やはり日々感謝なのだ^^
様々な思いを抱えながら、各々の役割を追い求め・探し続ける姿を心から応援すると同時に、勝手ながら己の励みにしたいとも願う。世代や環境や立場に変化が訪れたとしても、伝え続けたい気持ちを言葉に乗せて、今日を生きようと思う。
本日母に聞かされた実家近辺の実情は、正直気が滅入る事がたくさんあったのだけど、やはり聞いてよかったと思う。唐突だが、人はいつか必ず死ぬ。死に開放を求める者もあり、恐れを抱く者もある。意外な人物が意外な側面を醸し出し、後に偏りや歪みとなって明るみに出た時に己の浅はかさを実感し、今日を生かされている事への畏敬と労いを持って一歩を踏み出そうと願った事を記す(堅苦しいな、もうw)
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